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「中露同盟」復活のまぼろし

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産経新聞 2014.6.1 03:04 【日曜に書く】 論説委員・湯浅 博



 ◆日米同盟笑う冊封体制

 堂々たる体躯(たいく)の習近平中国国家主席に、小柄なロシアのプーチン大統領が歩み寄ったとき、「この人はどんな外交術を練っているのだろう」と考えた。 遠目には、アジアとユーラシアでそれぞれ孤立する新興大国と既存大国が、手を結ぶ瞬間のようにみえる。 だが、柔道家のプーチン氏は名うての寝業師である。

 中露首脳会談に続く上海の「アジア信頼醸成措置会議」(CICA)でみた習氏のたたずまいは、中華帝国の威厳と指導性を巧みに演出していた。 首脳たちとの個別の握手は、開催国の出迎えというより、朝貢を受ける皇帝のようだ。

 習演説や会見では「アジアの安全はアジアの人々が守る」と米国の影響力を排除し、中国がアジアの盟主になるとの宣言に聞こえた。 習主席が対峙(たいじ)するその日米同盟を「冷戦の残滓(ざんし)である」と揶揄(やゆ)していた。

 オバマ米大統領のアジア歴訪後にも同じ批判があり、米紙ウォールストリート・ジャーナルは、中国が日米同盟を「冷戦の残滓」というなら、北京は「冊封体制時代への回帰願望であろう」と皮肉っていた。


 ◆名すて実をとる寝業師

 むしろ、習政権の中華帝国への夢が、かえって「日米同盟を再び前面に押し出した」と書いた。 漢の時代にはじまったという冊封体制は、皇帝が封爵を授ける上意下達のシステムである。 周辺国を「力の行使」で強制すれば、逆に日米を中心に自由陣営を結束させるバネが働く。

 そんな習氏の宣託を聞いて、大国意識の強いプーチン氏が中国の「弟分」で甘んじているとは思えない。 プーチン氏はただの老いた柔道家ではないし、かつてのスパイ組織KGBで培われた国益優先の狡猾(こうかつ)なリアリストである。 クリミア併合で圧力を強める米国に対抗するために「名」を捨て、中国主導のCICAにあえて乗った。 チャイナ・カードを最大限利用して経済の「実」をとったのだ。

 中露首脳会談では経済悪化を凌(しの)ぐため30年間に総額4千億ドルの天然ガス契約を結んだ。 中国に足元を見られて値切られてはいるが、250億ドルの前払い金を獲得して一息つき、同時にクリミア併合で米欧から受ける経済制裁の恐怖から解放された。

 英誌エコノミストによると、プーチン氏は中国を「頼りになる友」と持ち上げ、スターリン時代のような「中露同盟の復活」との印象を米欧に振りまいたという。 米欧の銀行がロシアへの融資を渋れば、中国が穴埋めをするとの脅しが有効に働くからだ。 中国を盾にしたプーチン流の「アジア回帰」である。

 政治巧者、プーチン氏の狙いは、天然ガスの市場が欧州以外に拡大し、同時に安全保障につなげる深慮遠謀であろう。 同氏は6日に訪仏してノルマンディー式典に出席し、オバマ大統領らと「ウクライナ問題の決着をつける意思あり」と交渉に臨む。 その際に、中国向けガス供給契約があれば交渉が有利に運ぶとの計算だ。


 ◆対中関与戦略の危うさ

 プーチン氏は2012年の大統領就任以来、外交はアジア重視、軍事は海軍重視にシフトしている。 さりとて大国再興を夢見る彼は中国の風下には立ちたくない。 ロシアにとって中国との国境線はなおも不安定なラインであり、過度に接近すれば中国の巨大経済にのみ込まれかねない。 プーチン政権の対中政策は「中露同盟復活」どころか、かつての米国なみに「関与とヘッジ(備え)」なのである。

 ロシアは東シナ海で中露海軍合同演習にはつきあっても、一緒に日本と対立するつもりはなさそうだ。 中露共同声明には、いつもの「両国の核心的利益についての立場支持」との文言挿入を避けた。 合同演習中の5月24日、プーチン氏は会見で、日本が米欧と対露制裁を科したことに「日本は北方領土問題の話し合いも中断するのだろうか」と安倍政権にゆるいボールを投げた。 クリミアでも「力による現状変更」をしながら、あきれた責任転嫁である。

 ロシアは日本と対立を深めると、中国に過度に依存せざるを得なくなる。 そうなればプーチン氏が悲願とする「ユーラシア経済連合」が、中国に召し上げられる危険がある。 習氏がかねて「新シルクロード経済構想」として中央アジアへの経済野心をあらわにしているからだ。

 かくて「中露同盟の復活」はまぼろしである。だが、プーチン外交がコントロールを誤れば、たちまち冊封体制に組み込まれかねない危うさが残る。

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