【産経抄】 2014.8.19 03:04
同じ文献から、百八十度違う解釈が生まれる。 歴史の研究では、珍しくない。 卑弥呼が率いた邪馬台国はどこにあったのか、江戸時代から続く議論もその一つである。 中国の史書 「魏志倭人伝」 の中の2千字足らずの記述の解釈が、最大の争点となってきた。
▼小紙が昨日取り上げた、いわゆる 『吉田調書』 はどうだろう。 東京電力福島第1原発事故の発生時、所長だった故吉田昌郎(まさお)氏が、政府の事故調査・検証委員会の聞き取り調査に答えたものだ。 こちらはA4判で約400ページにも及ぶとはいえ、普通の日本語で書かれている。 それなのに、先に入手した朝日新聞の今年5月の報道とは、大きく異なる内容だった。
▼たとえば、最大の危機を迎えた平成23年3月15日朝、所内で何が起こっていたのか。 朝日は所員の9割に当たる約650人が、吉田氏の待機命令に違反して、福島第2原発に撤退した、と報じた。 パニックに陥った職員が、一斉に職場放棄する。 そんな光景が、目に浮かぶような記事である。
▼しかし、調書を素直に読めば、実態はまったく違う。 吉田氏によれば、あくまで命令の伝言ミスであり、「命令違反」 の認識はなかった。 第2に退避した所員の多くが、昼頃までに戻っているのが、何よりの証拠だ。 調書でむしろ目立つのは、現場で奮闘する職員に対する、吉田氏の称賛の声である。
▼朝日の記事を引用して、韓国ではセウォル号事故と同一視する報道もあったという。 門田隆将(りゅうしょう)さんが指摘するように、慰安婦報道と同じ構図である。
▼職務を全うした職員の名誉のためにも、政府は吉田調書の全文を公開すべきだろう。 吉田氏が、強い憤りを込めて 「あのおっさん」 と呼んだ菅直人元首相まで、賛成しているのだから。