産経 【正論】 2014.8.1 03:17
元拉致問題担当相、 参議院議員・ 中 山 恭 子
北朝鮮による日本人拉致の問題が、拉致被害者の再調査をめぐる日朝合意から、再調査を行う北朝鮮の特別調査委員会の設置、そして、日本独自の対北制裁の一部解除へと急展開している。
昨年12月の張成沢氏粛清後、孤立を深める北の状況から見て、今こそ拉致問題を進展させる大きなチャンスであり、戦略的で力強い交渉が期待される。
≪全被害者の帰還を念じて≫
「横田滋さんと早紀江さんが自らの手で、めぐみさんを抱きしめる日が来るまで私の使命は終わらない」 と語った安倍晋三首相の熱意に敬意を表し、全ての被害者が一刻も早く日本の土を踏むことを希求している。
合意文書には、根底に流れる考え方が2002年日朝平壌宣言と同じだとの危惧の念も抱く。 当時も今回も目的が国交正常化にあるという点だ。 国交正常化のためには拉致被害者が犠牲になっても致し方ないとの考え方である。
対北制裁措置は北が全ての被害者を帰国させるとの決断を迫るために科している措置であり、制裁解除を行うのであれば北が被害者を帰国させる決断をしたという証が必要だ。 それは北が拉致被害者の名前、現状などを提示することで確認できる。 被害者は常に監視され、今どこで何をしているかまで北は把握しており、全ての被害者を帰国させる決断があれば直ぐにリストの提示はできる筈だ。
政府が一部であれ制裁を解除したということは、リストを入手したと期待できる。 もしそのリストに、2002年小泉純一郎首相訪朝時、死亡又は未入境とされた被害者の名が載っていない場合には、生存が確信される被害者の帰国を強く要求し、北を説得し続けなければならない。
また、政府は被害者の安全確保を要求すべきである。 北は被害者の生殺与奪権を握っており、帰国されては都合の悪い生存者に危害が及ぶ可能性も否定できない。
≪制裁強化の警告忘れるな≫
政府は、常に最悪の事態を想定し、そうならないように、北に対し、被害者の生存情報を把握していること、日本のDNA鑑定技術は世界一であること、彼らに危害があれば、国際社会で、北の 「最高尊厳」 が深刻なダメージを受けること、日本は一層厳しい制裁を科す用意があることを、あらゆるルートで北に伝えるべきだ。
合意文書には、 「日本人の生存者が発見される場合には、帰国させる方向で去就の問題に関して協議し」 とある。 これでは、被害者が見つかっても帰国できない可能性が高い。 曽我ひとみさんの夫、ジェンキンス氏は、 「第2回首脳会談の際、平壌で、小泉首相から 『日本に一緒に行きましょう』 と強く説得されたが、その場で 『一緒に行きたい』 とは言えなかった。 日本に行きたいと答えていたら、直後に自分は殺されていただろう」 と述べていた。
被害者は、北朝鮮の中では常時監視されており、 「日本に帰国したい」 と決して言えない状況にあり、被害者が発見されたと報告を受けた場合は直ちに帰国させ、自由な意思決定ができる環境の中でその後について考えれば良い。
≪領土と国民守る国家意思≫
駐ウズベキスタン兼タジキスタン大使だった1999年、イスラム原理主義組織がキルギスで日本人鉱山技師4人を拉致し直後にタジキスタンに移動した。 日本人が他国で被害に遭ったときは、 「発生国に全てをお任せ」 というのが戦後日本の外交であり、ウズベキスタン大使館への指示も 「情報収集」 のみだった。 しかし犯人も人質も存在していないキルギス政府に救出などできないことは明白であり、正確な情報を持ち犯人グループに対して影響力のあるウズベキスタン、タジキスタン政府の協力が不可欠であった。 辞表を胸に独自の判断で救出に当たり、若い館員たちの昼夜をいとわぬ尽力もあって4人を無事救出できた。
この事件解決の後、中央アジアの中で日本に対する信頼が確たるものになったことを実感した。 それは中央アジアの人々がこの地域で日本人が被害に遭ったら、日本は、大使が命がけで救出に当たる国だと分かり、日本に対し大いに安心感を持ったからである。
国際社会では領土と国民を守るとの国家意思を持っていなければ、他国と友好関係も結べない。 国民の生命よりも他国との争いや対立の回避を優先してきた外交姿勢が、拉致を許し多くの被害者を出し未だ解決できない状況を作ったと考える。 拉致問題は国家の基本的役割を見失った敗戦後の日本を象徴するものと言えよう。 しかし、拉致の実態が明らかになって以降、被害者を取り戻すことは国の責任だと国民も気づき始めた。 拉致問題は日本の人々に国家とは何かを思い起こさせてくれた。
拉致被害者もその家族も高齢化している。 一刻の猶予もならない。 今この時も救出を待ちわびる被害者全員の帰国を目指しオールジャパン体制で取り組むときだ。
(なかやま きょうこ)
(なかやま きょうこ)