産経新聞 2014.7.10 10:36 【阿比留瑠比の極言御免】
先月、韓国に出張した際、学者や元外交官ら複数の取材相手から「安倍晋三首相の外交はうまい。なかなかやる」と指摘された。要所に布石を打ちながら、多角的に外交を進める首相の「地球儀を俯瞰(ふかん)する外交」のことである。
「日本に『フェア・ゴー(公平に行こうというオーストラリアの精神)』を与えてください。日本は今日の行動で判断されるべきだ。70年前の行動で判断されるべきではない」
オーストラリアのアボット首相は8日の安倍首相との共同記者会見でこう述べ、さらに強調した。
「日本は戦後ずっと、本当に模範的な国際市民だった。日本は法の支配の下で行動をとってきた。日本に『フェア・ゴー』をというのは『公平に見てください』ということだ」
さぞや中国の習近平国家主席は歯がみをしたことだろう。前日の7日の講演で「抗日戦争の勝利から70年となる今日も、依然として歴史の事実を無視し、時代に逆行しようとする者がいる」と述べ、安倍政権を批判したばかりだからだ。アボット氏の言葉は、これへの強烈なカウンターパンチとなっている。
アボット氏はおまけに、安倍首相が東シナ海や南シナ海で力による現状変更を狙う中国を牽(けん)制(せい)する際に使う、「法の支配」という言葉も口にした。「法の支配」は日豪共同声明にも盛り込まれており、中国にしてみれば最も聞きたくないセリフだったはずである。
メディアは日中、日韓の首脳会談が開かれないとすぐ「孤立する日本」と書きたがる。だが、中韓の方が極端な少数派であり、彼らを除く世界中で日本は歓迎されている。歴史問題をめぐる対日強硬姿勢で世界から孤立しつつあるのは、むしろ彼らの方ではないか。
習氏が、中国・ハルビン駅で伊藤博文を暗殺し、韓国では英雄とされる安重根の記念館設置を自ら指示したことや、今月の訪韓時には中国・重慶に創設されたという大韓民国臨時政府の軍隊「光復軍」に言及したことも効果のほどはどうか。
韓国は確かに喜んだことだろうが、北朝鮮は安をことさら英雄視していないし、金日成国家主席とかかわりのない光復軍についても認めていない。中国が北朝鮮と距離を置いて韓国取り込みを図っていることがうかがえ興味深いが、こうした中韓の接近も拉致問題をめぐる日朝交渉を進展させる上で、日本に追い風となる側面がある。
政府内では、北朝鮮による拉致被害者の「特別調査委員会」設置と対北制裁の一部解除が4日に行われたのも、「安倍首相が習氏の訪韓のタイミングにわざとぶつけた」(高官)ともささやかれている。
「『和をもって貴しとなす』の日本は、国際会議のまとめ役になれる。(他国は)みんな自分の主張しかしないから」
安倍首相は6月にベルギーで開催された先進7カ国(G7)首脳会議(サミット)から帰国後、周囲にこう語った。会議で首脳らがどんな発言をしたかは極秘とされるが、会議終了後、首相はロシア制裁に慎重な立場のイタリアのレンツィ首相からハイタッチを求められ、制裁積極派のオバマ米大統領からは初めてハグ(抱擁)されたという。
安倍外交は中韓以外の各国から高く評価されている。いや、本当は中韓も実は評価しているからこそ焦っているのかもしれない。(政治部編集委員)