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神の叡智につながる三種の神想観

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 = 自分は宇宙の中心であるからどちらを向くのも吉方である。 『生命の實相』十一巻 =


 魂の進歩は、日に日に与えられた其の儘を素直に全心(まこと)をもって行じて行くところにある。 神想観はその行ずる方向を神の智慧によって導かれ、行ずる意志力を招び出し、その行じ得させて頂くその事実に感謝するところの行事である。

 ただ遮二無二行ずればとて、反対の方向へ向って行じているのでは却って逆効果を呈することになる。

 1. そこで神想観によってその行ずる方向を神の叡智によって導いて頂くのが、 「神の叡智流れ入りて、常住坐臥吾を導き給う」 と観ずる神想観である。
 
 2. 実行の意志力を強めるところの神想観は、「神の力われに流れ入りて吾に実行の勇気を与え給う」 と観ずる神想観である。

 3. 「全てなくてならぬものを与えたまいて有り難うございます」 と繰り返し念ずるのが感謝の神想観である。


 吾等は日常この三種の神想観を怠ってはならないのである。

 叡智なき行は崩れる。 
 行なき叡智は崩れる。 
 行あり叡智ありとも感謝なき功徳は崩れる。

 叡智と行と感謝と、そしてもう一つ感謝を実行に表現すること、それは愛を隣人に対(むか)って行う報恩行である。 みんな報恩のつもりで、やらせて頂く者には何の力みもない。 唯(ただ)有り難いばかりである。

                   
                          谷口雅春師 『光明道中記』
            

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