月刊正論 1月号2014年12月05日 03:00
東海大学教授 山 田 吉 彦
中国は、日本からすべてを奪い尽くすつもりなのか。 200隻を超える密漁船が、小笠原海域に押し寄せたのだ。
9月15日、海上保安庁は、小笠原諸島海域にいる17隻の中国漁船の姿を確認した。 この中国漁船団の目的は、宝石扱いとされ珍重される赤サンゴの密漁といわれている。
現在、赤サンゴの漁が行われているのは日本だけである。 1年間で1ミリも育たないため稀少価値があり、1kg当り150万円ほどの価格で取引がされている。 特に高知県などで採取される 「血赤」 と呼ばれる赤色の鮮やかなものは、1kg当り600万円もの高値にもなる。 そのため、高知県のサンゴ漁は、禁漁期、水揚げ高を定め、資源の保全に心掛けている。 ひとたびサンゴを取ると、元の状態に戻るまでには100年はかかるといわれるため100年先を意識したルールづくりをしているのである。
10月15日、海保はこの漁船団の中の1隻を拿捕し、乗組員を外国人漁業規制法違反 (領海内無許可操業) の容疑で逮捕した。 さらに海保の停船命令にも従わず検査を逃げた罪 (検査忌避罪) も含めると6隻 (11月15日現在) が拿捕されている。 しかし、その後、中国の漁船団はさらに増加し、10月23日には113隻、10月30日には212隻まで膨れ上がり、伊豆諸島沖海域にまで侵出していた。
中国船による赤サンゴの密漁は、以前から行われていたが、主に出没するのは長崎県の五島列島沖、宮古島沖だった。 2010年、尖閣諸島周辺の日本の領海内で中国漁船が海保の巡視船に体当たりして以降、海保は東シナ海の警備を強化している。 特に尖閣諸島の魚釣島、南小島、北小島の三島を国有地化したことに対抗して中国の公船や漁船が日本の海域を脅かすようになると、体制を一段と拡充した。 このことにより、東シナ海の五島列島沖、宮古島沖のサンゴ密漁船は追い払われ、サンゴの漁場を求めて太平洋にまで進出し、辿り着いたのが小笠原海域だったのだ。
小笠原諸島は、本州から1000キロほど離れた太平洋上にあり、父島を中心とした約30の島々によって構成される自然が豊かな島だ。 「東洋のガラパゴス」 と呼ばれ、2011年には世界自然遺産に登録されている。
この島々の眼前に中国の大漁船団が姿を現したのだ。 島からも肉眼で見える範囲に無数の漁船が縦横無尽に走り回り、夜には漁船の放つ光が数珠つなぎとなり、人口2500人ほどの村民を怯えさせた。 洋上にいる中国漁民の数は、最大4000人に上ると想定され、この漁民がいつ上陸を開始するのではないかと不安にかられた。 小学校は、子供たちに夜間の外出は控えるようにとの通達を出し、大人たちは不眠不休で監視活動にあたった。 穏やかな自然の中で暮らす島人にとって、かつて経験の無い緊急事態となった。
小笠原では、漁に出ることもできない状態になった。 地元の漁師の船は軽量のFRP (強化繊維プラスチック) 製で、多くが5トン未満の小型船だ。 対する中国漁船は100トン以上の鋼鉄船であり、接触しただけでも地元漁船は、沈没する危険がある。 さらに中国漁船は闇雲に網を下しているため、網がスクリューに絡まる恐れもあったのだ。 また、島の主要産業であるホエールウオッチングなどの観光業への影響も懸念される。
甘い密漁規制
中国漁船の行為は、明らかに国際法に反するものだ。 国連海洋法条約では、他国の排他的経済水域内での操業は、沿岸国の許可を受けることが必用であるが、中国漁船団は、許可など取っていない。
しかし、海保による取締りは思うように進まなかったのには理由がある。 まず、船はどこの国の領海内、排他的経済水域内であっても原則として自由に通航する権利である 「無害通航権」 があるため、沿岸に姿を現しただけでは罪に問えないのだ。 さらに、密漁を犯していても現行犯もしくは、密漁している映像をその位置情報とともに記録するなどの決定的な証拠がなければ逮捕は難しい。
密漁船はレーダーや自動船舶識別装置 (AIS) という機材を使い、海保の巡視船の動向を監視している。 巡視船が近づいて来ると取った魚やサンゴを海に捨て証拠隠滅を図るのである。 今年5月、長崎県沖でサンゴの密漁の嫌疑で逮捕された密漁船は、この船のGPSデータに日本の領海線が明確に記載されていなかったため密漁の認識がなかったとして無罪になったという事例もある。
さらに密漁者が蔓延る理由として、日本の密漁に対する罰金が安いということも挙げられる。 最大で1000万円、通常は400万円程度である。 中国やロシア、フィリピンに比べても低額である。 また、国際法では、「担保金制度」 というものがあり、密漁で逮捕されても、罰金に相当する担保金を支払うことを確約すると、その場で釈放されてしまうのだ。 日本の外国密漁船に対する担保金の相場は400万円程度であり、一攫千金を目論む密漁漁船は、担保金を支払うことも織り込み済みなのである。
今後、政府は罰金の最高額を3000万円に値上げする計画のようだが、中国漁船にとっては、あまり変らない金額だろう。 億単位の罰金にするなど、日本の海域で密漁をしたら二度と漁に出られないような厳しい制裁が求められるのではないか。
前述した国際法上の無害通航権の解釈を国内法において定める必要がある。 本来、無害通航とは、他国の船舶が沿岸国の平和、秩序、安全を害さない航行のことである。 今回の中国漁船は、意味不明瞭な行動を取ったり、密漁の素振りを見せ沿岸民を不安に陥れている。 これらの行為は、十分に島の住民の安全を害していると言えるだろう。 そもそも、国際法でも領海内での徘徊および停滞は、無害通航の以前に認められていない行為なのである。
日本は、海から襲いかかる脅威から沿岸民を守る法律が未整備である。 海から忍び込んだ北朝鮮の工作員による拉致事件は、工作船が漁船の姿をして日本に忍び寄っていたのだが、その教訓をも生かされていないのが現状だ。
早急に、領海内での外国船の無害でない通航を定める 「領海侵犯法」 を作る必要がある。 この法の下に不穏な動きをする外国漁民を逮捕し、沿岸住民の生活を守るべきなのだ。 密漁船が日本の沿岸を二度と脅かさないように厳罰に処することも必要だろう。
中国密漁団の本当の狙い
しかし、今回のサンゴの密漁船団は果たしてただの密漁船であったか疑わしいところが多い。疑問を書き出してみると次の通りだ。
(1) 200隻を超える密漁船団など目立ち過ぎて密漁にならない。
(2) 地元漁船に近づき存在を誇示するような動きもみせている。
(3) 密漁船の多くは中国国旗である五星紅旗を棚引かせている。 わざわざ所属国を示した密漁船などおかしい。
(4) 200隻を超える密漁船が来たのでは、過当競争になり値崩れを起こす可能性がある。
(5) 今回の中国漁船が出てきた福建省や浙江省から小笠原海域は、片道2000キロ以上離れている。 このタイプの漁船の燃費は、せいぜい1リットル100メートルから200メートルであり、往復の燃料代だけでも日本円で300万円ほどかかると推定され採算がとれないのではないか。