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先の大戦を忘れたふりした代償

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産経 2014.9.24 05:01 [正論]
              文芸批評家、都留文科大学教授 ・ 新保祐司


≪中韓との歴史戦で払わされ≫

 来年は戦後70年という節目の年であるが、昨今の 「歴史戦」 の苛烈化を考えると、極めて重要な年になるに違いない。 8月19日付の本欄でも、西原正氏が 「中国とロシアは来年9月3日に対日戦勝70周年記念を合同で大々的に祝う計画らしい。 中韓も同様の行事共催をする可能性が噂されている」 と書かれていた。 事態は遂(つい)にここまで来たか、との感を深くする。

 中露の対日戦勝は、氏も指摘するように 「理由づけは全く事実に合わない」 もので、それを合同で祝うのは 「滑稽というほかない」 が、中国が 「日本を貶(おとし)める戦略を進めているのは明らか」 であり、茶番が国際社会では世論形成の力を持ったものとして流通してしまうことがあるのも事実である。

 悪意に満ちた策動に対し、日本人は単に嫌悪感を抱くだけではなく、自ら大東亜戦争とは一体何であったのかという大いなる問いに向き合わなければならないのではないか。 思えば、この問いを 「戦後民主主義」 下の物質的繁栄を謳歌(おうか)することにかまけて忘れてきたのである。 米国に関しては、この戦争をさっさと忘れてしまい、米国文化にうつつを抜かしている方が双方好都合だったであろうが、中韓は決して忘れることはなかったし、近年、ますます 「記憶」 を虚構混じりに増殖させている。

 先の戦争を忘れたふりをしてきたツケが、 「歴史戦」 で相手の攻勢を許してしまっている原因である。 戦後70年を迎える来年にかけ問い直していかなければならないのは、大東亜戦争とは何だったのかという根本的問題なのである。

 ≪大東亜戦争を問い直す時だ≫

 時代状況としては、安倍晋三政権によって 「戦後レジームからの脱却」 は着々と進み、折しも 「戦後民主主義」 の欺瞞(ぎまん)を日本人の精神に浸透させてきた朝日新聞の没落が起きている。 今や、大東亜戦争の意義について戦後的通念を打破して考察すべき好機である。

 大東亜戦争を振り返るには、幕末からの近代史を視野に入れることが必要であり、特に戦前の昭和を考えることが重要である。 この時期は、文化史的にみれば、明治維新以来の蓄積を経て、日本人の精神が多様で豊穣(ほうじょう)な生産を示した時代である。 島崎藤村の『夜明け前』、川端康成の『雪国』、小林秀雄の『無常といふ事』、保田與重郎の『万葉集の精神』等々、枚挙に遑(いとま)がないくらいである。

 ここでは、戦後ほとんどタブーとされながら、戦前の昭和を考える上で本来必ず取り上げなければならない 「紀元二千六百年」 を奉祝する行事について書こう。 昭和15年は 「紀元二千六百年」 に当たる。 この前後、日本の文学、絵画、音楽などの文化はある意味で近代以降のピークを迎えていたといえるであろう。 文学は前述の通りであり、美術には梅原龍三郎や安井曾太郎がいたし音楽では信時潔や山田耕筰が活躍していた。

 「紀元二千六百年」 を祝う行事はさまざまに催されたが、音楽についていえば、多くの 「奉祝楽曲」 が書かれた。 私が本欄で度々触れている信時潔の交声曲 「海道東征」 もそのうちの1曲である。 このとき、日本人の作曲家だけではなく、外国の著名な作曲家にも作曲の依頼がなされた。 その中でも特に有名なのは、ドイツのリヒャルト・シュトラウスの作品である 。しかし、この曲もめったに聴ける曲ではない。 R・シュトラウスの音楽としては重んじられていないからである。

 その曲が6月15日にNHK Eテレの 「クラシック音楽館」 で放送されたのには驚いた。 指揮者はネーメ・ヤルヴィ、4月23日にサントリーホールで行われたNHK交響楽団の定期公演の録画であった。 恐らく、NHKで放送されたのは、戦後初めてではないか。

 ≪今蘇る信時潔の「海道東征」≫

 こんな 「戦後民主主義」 に合わない曲を演奏することになったのは、インタビューを見ると、指揮者の意向によるものであったことが分かる。 この人は、いわゆる名曲を指揮するのは退屈で、珍しい曲を指揮したいと言っていた。

 それで、今年生誕150年のR・シュトラウスの音楽を揃(そろ)えた公演で、演奏されることの稀(まれ)なこの曲を取り上げたのであろう。 しかし、この祝典曲が日本の戦後の歴史意識の急所に触れる曲とまでは思い至っていなかったに違いない。 指揮者が選んだ曲なので、NHK交響楽団の公演会で取り上げてしまったということであろう。

 初めて聴いたが、つまらない曲であった。 ドイツ人の祝典曲は、凡作でも演奏して放送するが、同じ祝典曲でも 日本人・信時潔 の傑作 「海道東征」 は取り上げない。 ここに 「戦後民主主義」 の欺瞞が露呈している。

 だが、時代は変わろうとしている。 来年11月20日、信時の生まれた大阪で 「海道東征」 の演奏会が産経新聞社の企画で開催されることになった。 戦後70年以降の日本の 「弥栄」 を祝う最大の行事といっていいのではないか。 今年2月11日には熊本で戦後2回目の演奏会があった。 来年は大阪だ。 遂に 「東征」 が始まったのである。 (しんぽ ゆうじ)
 


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