産経正論 2014.8.28 03:20
比較文化史家、東京大学名誉教授 平 川 祐 弘
戦後体制の仕切り直しがなぜ必要か。 現下の問題点と結びつけて考えたい。
古来、わが国は海に守られてきた。 だが技術の発達で地球は小さくなった。 バルチック艦隊は来日に5カ月余を要したが、中国艦隊は5時間余、空軍は5分余で日本領海に来る。 もはや不可侵的地理的地位の日本ではない。 周辺に軍事力を誇示する大国が現出しつつある今、一国の力で自衛は難しい。 そんなわが国は集団的自衛権を有することを確認した。 すると米国はもとより、東南アジア諸国やオーストラリアも日本の姿勢を歓迎した。 中国の軍事的膨張に懸念を募らせているからである。
≪朝日が報じたから激高した≫
そんな安倍晋三首相に中国が不快感を示すのは分かるが、韓国も不満顔である。 韓国は北の脅威に米軍とその後方の日本の支援で対処するはずなのに、朴槿恵大統領から賛意が聞こえないのは、昨今の韓国に荒れ狂う日本たたきが去るのを待っているからか。 ソウルの世論調査では、 「韓国への軍事脅威」 として中国より日本を挙げる韓国人の方が多い。 そんな大仰(おおぎょう)な日本悪者論を聞かされるのは心外で、私たちは不快を覚える。
いつまで日本を非難すれば気がすむのか。 片や反日、片や嫌韓の両国民の応酬はよくない。 悪循環をどう断ち切るか、韓国の旧知に問うと、 「日本が悪いからでしょう」 とにべもない。 「だって日本の大新聞が日本は右傾化したと戦争前夜のような書き方をする。 韓国知識人は不安ですよ。 昔から日本の新聞を丹念に読みますから」
答え方に皮肉を感じて 「では日本が悪いのでなく新聞が悪いからですか」 と問い直すと、氏は 「私は女の狩り出しを命じた」 と朝日新聞がありもしないことを大々的に報じたから韓国民は激高したのだとし、 「慰安婦問題も日本が悪いからでしょう」 と言った。 とすれば、 「性奴隷20万と事実無根の中傷を言い立てる韓国はけしからん」 とヘイトスピーチする人は攻撃目標を取り違えたことになる。
≪韓国も真の日韓友好考えよ≫
だが、本当に責任は日本の新聞だけにあるのか。 困ったことだが、日本の一部ジャーナリズムの知的水準は知れている。 各国左翼紙と連帯する大新聞もある。 まともな業績のない大学教授が米国でも不満の多い反ベトナム戦争世代と国際連帯するようなものだ。 韓国は火が付きやすいお国柄だ。 記者が、正義感からにせよ、あおり報道をすると、それにゴマをする反体制御用の学者も加わる。
そんな報道の火遊びをしていいことか。 仮に善意から始めた慰安婦救済であろうと、何たる始末だ。 彼らの努力で近隣諸国との関係は良くなったか。 諺(ことわざ)にいう 「地獄に至る道は善意で敷きつめられている」 とはこのことか。
そんな大新聞に追随して過激な論説を繰り返す新聞は日本各地にある。 しかし隣国の記者諸賢に申したい。 ソウルの新聞はよもや植民地ではあるまい。 日本大新聞の猛烈な安倍政権批判を拡大再生産するだけが能ではなかろう。 もっと独立心をもって真の日韓友好を築くにはどうすればよいか、考えてもらいたい。 政治家もそんな新聞や内外世論におもねって談話は出さないでもらいたい。 なお、河野洋平氏のように自分のしたことは正しいと言い張る人には、門前に慰安婦像と吉田清治像をその証拠として据えて、末永く毎朝それに拝礼するよう勧めたい。
≪戦後レジーム脱却とは何か≫
安倍氏が唱えた 「戦後レジームからの脱却」 とは一体何か。 外国特派員の中には疑心暗鬼で批判する者もいる。 戦後体制の仕切り直しを支持する層は日本に広い。 1946年に公布されたマッカーサー憲法をどう改正するか。 具体的に説明すべきだ。
「勝者の裁判」 である東京裁判の判決を受け付けない私だが、だからといって日本軍部が正しかったと言うつもりはない。 首相も戦前への回帰などあり得ないと明言すべきでないか。 その説明は大新聞に曲解されないよう、あらかじめ日英両文で用意するがいい。
交通通信網の発達で地球一元化は不可逆的に進行する。 日本は経済的にも知的にももはや鎖国できない。 安倍支持者の中には 「英語はきらい」 という素朴な日本主義者もいれば 「駅の案内からハングルを消せ」 という心の狭い人もいる。 独断的な農業鎖国主義者もいれば、惰性的に反中・反韓論を唱える小愛国者もいる。 だが尊皇攘夷(じょうい)に類した偏狭な一国ナショナリズムを鼓吹する者は不可である。
そんな低い知的水準では日本の教育再生はできない。 内閣は時代の挑戦に対応しグローバル人材育成の教育の新幹線の青写真を示すべきだ。 単に英語ができる 「脳内白人」 化した無国籍人はいらない。 『五箇条の御誓文』 は日本の大憲章(マグナ・カルタ)だ。 それに則って、日本の伝統を受け継ぎ世界に飛び立つ英才を切磋琢磨(せっさたくま)させる、一石二鳥の効率的な教育法の開発普及が肝要だ。 「智識ヲ世界ニ求メ大ニ皇基ヲ振起スベシ」 と明治の初心に戻って私たちもまた声高らかに叫びたい。
(ひらかわ すけひろ)
(ひらかわ すけひろ)